タキシードを着たワニ
めちゃくちゃブカブカのタキシードを着たワニがずっとこちらを見つめている。他の人は気付いていないようだ。いや、気付いてはいるが、私のように覚せい剤をやっている自分にしか見えない幻覚なんだと納得をし、放置しているだけかもしれない。特に危害を加えてくるわけではなく、私のことを見てくるだけなので、「あんまりジロジロ見ないで欲しいな」とは思いつつ、無視をしていた。
ある日、事件が起きた。
ワニは、いつも着ているタキシードではなく喪服を着ていた。涙が溢れだしそうになるのを必死に耐えている姿が痛々しく、しかし、気丈に振る舞うその姿を見て、このワニは男の子なんだと悟った。変な気持ちだ。いつもは私のことをただじっと見つめてくるワニだったが、今の彼は上を向いているせいで私のことを視界に入れていない。逆に、私がワニのことを一方的に見ている形になっている。
身内が亡くなったのだろうか。
いつもは背丈に似合わないブカブカのタキシードを着ていたのに、喪服はきちんと着こなしている。これまでは自分のタキシードをまるでこちらに見せつけているかのようで、鼻の穴をふくらませてえばっている姿を見て、可笑しいやら微笑ましいやらで和んでいたが、今の彼の表情は暗い。
身内、恋人、友だち、誰かは分からないけど、きっと大切な人が亡くなったんだ。ワニも、泣くんだ。ワニもお葬式するんだ。
今までは自分の幻覚だと思っていたけれど、ここまでハッキリと実体に近い行動を取っていると、たとえ幻覚だとしても確認したくなる。
私はワニに近付き、聞いた。
「誰か、お亡くなりになられたんですか」
ワニが答えた。
「浅尾美和の主食って落花生?」
OK分かった。
幻覚だ。明日も仕事頑張ろっと。
なんで喪服きてんだよバカ。勝手に喪に伏せコノヤロウ。なんの涙だったんだよ、いい加減にしろ。普通に米だろ。