ハマグリが開いたから家のドアも開くだろう
家の鍵をなくしたから、家のドアに火を点けたところ、更地になってしまった。
どうして私がこんな目に。
そもそも、なぜ私が家のドアに火を点けたのかというと、家の鍵を忘れて家に入れなかったからだ。だから、ドアに火を点けたのだが、なにか間違っていたのだろうか。これまでの経験上、「閉じられているものは、火を点けると開く」と思っていた。それは主にハマグリやアサリといった貝類から学んできたことなのだが、家のドアは開くどころか瞬く間に火が燃え広がり、隣の家まで巻き込んだ大騒動となってしまった。火災保険に入っていたから、なんとか事なきを得れそうだが、周囲から奇人と思われているのが納得いかない。なぜ、私を責めるのか。私は「ハマグリだって開いたんだから、家のドアも開くだろう」と思っただけなのに。
日に日に周りから人がいなくなって行くにつれ、私はある一つの解決方法を思い付いた。
「もしかして、みんなの心のドアが閉じているのではないか」
私はガスバーナーを片手に外に飛びだした。そして、街ゆく人に火炎放射しようとしたところで、偶然道を歩いていたある有名ミュージシャンに取り押さえられた。一回りも年が若い青年に羽交い締めにされながら、気が付くと私は泣いていた。ミュージシャンはそんな私の姿を見て、近くの喫茶店に私を誘ってくれた。
店の中で嗚咽混じりにこれまでの事情を話すと、ミュージシャンはこう言った。
「オッサン、俺はさ、火を使わずにみんなの心のドアを開けることができるんだぜ?」
衝撃が走った。
なんと、彼は音楽の力でみんなの心のドアを開けているらしい。そんなことが可能なのか。しかし、真剣な眼差しでこちらの目を見て話してくれる彼の姿を見ると、嘘だとは思えなかった。
それから私は、ギターを始め、ボイトレにも通った。仕事を片付けると一目散に家に帰り、脇目も振らずにギターを練習した。指先がボロボロになった。バレーコードが押さえられない。隣の家からは壁ドンをされる。しかし、負けじと毎日毎日練習を続けた。愚直に、真っ直ぐに。失った信頼を取り戻すために。みんなの心のドアを開くために。
そして、ついに私はあるライブハウスでライブを行うことになった。収容人数は50人程度の小さなライブハウスだ。しかし、私は満足していた。ここから新しい人生を始める。そんな予感がしていた。過去、私と繋がりがあった人達に無理を言って頼み込み来てもらった。さぁ、みんなの心のドアを開く時が来た。もう、火を使わずに閉じられたものを開けられるようになったんだ。
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ライブ中のことは無我夢中で何も覚えていない。しかし、確かに私は演りきった。悔いはない。今持てる自分の力すべてを出した。
ライブハウスから出ていこうとする知り合いを見つけ、聞いてみた。
「どうだった?心のドア、開いた?」
「心のドア?何言ってるのかよく分からないけど、音痴だったね〜笑」
私は持っていたライターで火を点けた。