BARで出会った男
いつにもなく飲みたい気分だったので、初めてBARに行ってみた。
カウンターの一人席に座り、しばらく一人で飲んでいると「隣、いい?」と砕けた口調の青年が話しかけきたので、「ゴンズイ」とだけ答えた。
はっきり言って、さっきの会話の回答には全然なっていないのだけど、私が「ゴンズイ」とだけ答えたら、この青年はどんな反応をするのか見てみたくなったのだ。
青年はゴンズイについて知らなかったようで、ひとしきり首をかしげたあと、思いついたかのように顔がパッと明るくなった。
自分の財布から十円玉を四枚取り出し、衣服を全てキャストオフ(脱衣)し、自らの両乳首にその十円玉をあてがった。
十円玉からちょっとだけ乳輪がはみ出ている。
彼がそのはみ出た乳輪のサイズを正確に測ろうと四苦八苦しているのを見たBARのマスターは、急に声を荒げた。
「いい加減にしろ!!!!!!!!!!!!!!!はみ出るなら五百円玉で賄えばいい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!五百円玉で賄えばいい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
私は「酷だ」と思った。
ゴンズイという未知の言葉に初めて出会ったあとに取る行動が、自らの両乳首に十円玉をあてがって、そのはみ出た乳輪のサイズを丹念に測るような男が五百円なんて大金を持っているわけがないからである。
案の定、彼は五百円玉を持っていなかった。(持っていたのは数本のマッチと、ムヒだけだった)
マスターは大きなため息を吐き(その際の吐息がなぜか下半身も丸出しになっていた彼の股間部に吹きかかり、彼の金玉が少し、揺れた)、レジから五百円玉を二枚取り出し彼に与えた。
「ほら、これでまかなえるだろ」
「Thank you very much(持っていたマッチを見せつける)」
彼はもらった二枚の硬貨を両乳首にあてがった。
しかし、乳輪は硬貨の枠を超えてはみ出続けた。
はみ出、はみ出、はみ出続けた。
最初は乳首だけだった。しかし、だんだんと店内、店外に進出し、東京、関東、日本、海を超えてアメリカへとはみ出続けた。
今、彼の乳輪は宇宙に到達しようとしている。
ゴンズイも知らなかった彼が、今では遠くに行ってしまったように感じる。